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ガバクラの非機能要件はオーバースペックなのか、正当な投資なのか。人口5千人の町村にDR対策は必要か。GCInsight編集部がデジタル庁資料と現場の声をもとに、モダン化政策の方向性を問います。
ガバメントクラウドは「モダン化」を掲げています。セキュリティの高度化、DR(ディザスタリカバリ)対策、マネージドサービスによる運用自動化。いずれも技術的には正しい方向です。
しかし、デジタル庁の2024年9月中間報告(令和6年9月6日公表)で認められた「サービスレベル向上に伴うコスト増加」は、裏を返せば**「すべての自治体に同一のサービスレベルを求めている」**ことを意味します。
人口2,000人の町村と100万人の政令市に、同じ非機能要件を適用すべきなのか。
この問いに対する国の応答が、2025年9月16日に公表された「非機能要件の標準【第1.2版】」です。
「非機能要件」は行政・IT業界の専門用語です。民間企業の言葉に翻訳すると:
| 非機能要件 | 民間企業での言い方 | 具体例 |
|---|---|---|
| 可用性 | 「システムが止まらないこと」 | 99.9% SLA、冗長構成 |
| セキュリティ | 「データが漏れないこと」 | 暗号化、WAF、監査ログ |
| DR対策 | 「災害時に復旧できること」 | マルチAZ、バックアップ |
| 性能 | 「遅くならないこと」 | レスポンスタイム基準 |
| 拡張性 | 「将来増えても対応できること」 | Auto Scaling |
これらは**「あればあるほど良い」ものですが、「どこまで必要か」は業務規模と予算のバランス**で決まります。SaaSスタートアップが「99.999%のSLAが必要だ」と最初から設計したら、コストで潰れます。
デジタル庁は2024年9月の中間報告(令和5年度ガバクラ先行事業の投資対効果検証)で、コスト増加要因の一つとして以下を明記しています:
「現行システム基盤であるオンプレやベンダクラウドと比べて、ガバクラ移行によりサービスレベルが向上(セキュリティレベルの高度化、大規模災害に備えた対策の実現等)していること」
(出典: デジタル庁「ガバメントクラウドの先行事業における投資対効果の検証 中間報告」2024年9月6日 https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/cadc83bd-9e0b-4c7c-883d-f09eeb314ecc/78a50e63/20240906_policies_local_governments_government-cloud-interim-report_outline_01.pdf)
つまり、コスト増加の一部は意図的な投資です。問題は、この投資が全自治体に一律で求められている点です。
人口5万人以上の自治体と5千人未満の町村では、取り扱うデータ量・アクセス頻度・攻撃リスクが桁違いに異なります。にもかかわらず、ガバクラの推奨構成は同一のセキュリティ要件を前提としています。
民間企業で言えば、年商1億円の町工場に上場企業と同じSOC2 Type II監査を求めるようなものです。
マルチAZ構成やクロスリージョンバックアップは、大規模自治体には合理的な投資です。しかし、人口2,000人の町村にとって、月額数十万円のDR対策費は通常業務予算の無視できない割合を占めます。
オンプレ時代にはバックアップテープを金庫に入れるだけだった町村が、クラウド移行によってエンタープライズ級のDR費用を負担する構造は、「モダン化」の名の下に見過ごされています。
モダン化の恩恵を受けるには、標準仕様書が安定していることが前提です。しかし現実には:
「令和8年度以降も影響を及ぼす大規模な制度改正等(異次元の少子化対策、ふりがな法制化等)に伴う標準仕様書の度重なる改定により開発経費が増加」(デジタル庁 2024年9月中間報告)
仕様が変わり続ける中でモダン化を進めるのは、設計図が変わり続ける家を「耐震基準に合わせて建て替えろ」と言われるようなものです。
非機能要件の設計と並んで見落とされがちなのが、モダン化そのものの費用見積りの歪みです。
デジタル庁の「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」(2025年6月19日版)は、以下のように明記しています:
「モダン技術に明るくない事業者による見積りは、従来方式を墨守するためのものが多く、正しい意思決定を阻害するため、技術的な妥当性に加え、比較対象が適切か否か、特定の意図を持った恣意的な見積りとなっていないか等、特に留意が必要となる」
(出典: デジタル庁「政府情報システムにおけるクラウドサービスの適切な利用に係る基本方針」2025年6月19日 https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e2a06143-ed29-4f1d-9c31-0f06fca67afc/a612d406/20250619_resources_standard_guidelines_guideline_08.pdf)
つまり、現行ベンダーがモダン技術に詳しくない場合、見積りは「クラウド化しても従来方式を維持する前提」で出されることが多く、結果としてモダン化のコスト削減効果が正しく評価されない事態が生じています。自治体の調達担当者は、見積り内容の技術的妥当性と恣意性を独立した立場から検証できる体制を持つことが必要です。
2025年9月16日、デジタル庁は「非機能要件の標準【第1.2版】」を公表しました。これは、令和7年2月から9月にかけて5回の検討会(第五回は書面開催)と全国意見照会(158件の意見・質問が接到)を経て確定したものです。
第1.2版の最大の変更点は、非機能要件の選択項目を2種類に分類する仕組みが制度として正式実装されたことです。
(出典: デジタル庁「地方公共団体情報システムにおける標準化にかかる共通基準に関する検討会(第五回)資料1」2025年9月 https://www.digital.go.jp/)
第1.2版では、55項目の非機能要件を以下の2種類に分類しています。
| 分類 | 定義 | 特徴 |
|---|---|---|
| 条件付レベル選択項目 | セキュリティの根幹にかかるものとして、業務に関わらず画一的な指標を示す必要がある項目 | プラス条件([+])またはマイナス条件([-])の記載がある場合のみレベルの上下が可能 |
| 条件なしレベル選択項目 | 自治体の規模や、業務の性質、リスク受容方針等に応じて幅を持たせ得る項目 | [+][-]条件なく、自治体が経済合理性等を鑑みて柔軟にレベルを選択できる |
**「条件なしレベル選択項目」**は、自治体の規模・リスク受容方針等に応じた裁量が明示的に認められており、小規模自治体が要件レベルを下げることによるコスト削減が、制度的に正当化されました。
第1.2版の策定過程では、構成員から以下のような意見が出ています。
「大幅なコスト削減を目指すのであれば、推奨水準項目によってどの程度コスト削減効果があるかは整理が必要である。また、現状のシステム標準化によるコスト増加の状況を踏まえると、より大胆な見直し項目を設定としてもよいのではないか」(デジタル庁 共通基準検討会 第二回議事概要 2025年6月12日)
「コスト削減効果への期待から本改定案を検討していると思われるが、下位レベルを選択することによるコスト削減効果の試算をすべきではないか」(第五回検討会 継続検討課題として記載)
(出典: デジタル庁「地方公共団体情報システムにおける標準化にかかる共通基準に関する検討会 第二回議事概要」2025年6月12日 https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/32816d31-4efb-4976-b2ec-46e441c1fe6a/d947f03b/20250612_meeting_local_governments_common_standards_summary_01.pdf)
つまり、下位レベルを選択することでどの程度コストが削減できるか、デジタル庁はまだ試算を公表できていないのが現状です。「制度として選択できる」ことと「実際に削減効果が出る」ことの間には、まだ検証が必要なギャップがあります。
「軽自動車でよかった人にベンツを乗らせている」(note.com Meteor氏)
この比喩は、非機能要件の一律適用に対する現場の本音を端的に表しています。
「モダン化はいい。でもそのコストを誰が払うのか。結局住民の税金でしょう」(X上の自治体職員)
「非機能要件を人口規模別に段階化すべき。総務省の類型別(I〜V群)をベースに、セキュリティ・DR・性能の要件レベルを可変にすれば、小規模自治体のコスト負担は大幅に軽減できる」(note.com 高橋広和氏のコスト分析記事より示唆)
検討会の場でも、小規模自治体の構成員から「推奨水準項目においても推奨レベルを選択してしまうと思われる。基準を緩和した項目であると捉えると、自治体が選択レベルを下げることに踏み込みやすい表現を引き続き検討していただきたい」という要望が出ており、制度化はされたものの現場での活用には丁寧な普及啓発が必要な状況が続いています。
GCInsight編集部は、非機能要件の人口規模別段階化がガバクラのコスト問題を根本から改善する鍵だと分析します。
第1.2版で「条件なしレベル選択項目」による段階化が制度として実装されたことは前進です。しかし、その効果は「自治体が積極的に下位レベルを選択するかどうか」にかかっています。デジタル庁の事務局も「持続可能性の観点で自治体に対し下位レベルの選択を推し進めるのであれば、自治体が下位レベルを選択しやすい表現や伝達方法が必要」と認識しています。
具体的には、総務省の自治体類型(I群〜V群)をベースに、以下のような段階化が理想形として議論されています。
| 類型 | 人口規模 | DR要件 | セキュリティ | 推奨構成 |
|---|---|---|---|---|
| I群 | 50万人以上 | マルチAZ + クロスリージョン | フル要件 | エンタープライズ構成 |
| II群 | 15〜50万人 | マルチAZ | フル要件 | 標準構成 |
| III群 | 5〜15万人 | シングルAZ + 日次バックアップ | 標準要件 | ミドル構成 |
| IV群 | 1〜5万人 | 日次バックアップ | 基本要件 | ライト構成 |
| V群 | 1万人未満 | 日次バックアップ | 基本要件 | 最小構成 |
この段階化により、IV・V群の自治体はクラウド利用料を30〜50%削減できる可能性があります。「3割削減」の目標は、一律のモダン化ではなく、規模に合った適正化によってこそ達成し得るのではないでしょうか。
第1.2版は「制度の入口」として評価できますが、真の問いは「自治体が実際に下位レベルを選択できる体制・情報・支援が整っているか」です。デジタル庁が公表を継続検討課題としている「コスト削減効果の試算」が明示される日こそ、制度の実質的な完成と言えるでしょう。
GCInsightでは、人口規模帯別のコスト比較データをダッシュボードで公開しています。
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GCInsight編集部
ガバメントクラウド・自治体標準化を専門に調査するリサーチチーム。デジタル庁・総務省公表データを一次資料として継続的に分析し、自治体DX担当者・ITベンダー向けに実務情報を提供しています。
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